同性愛者、というのはどんな社会においても一定数生まれてくる性癖の物であり、ゲイと呼ばれています。

一般的に、ゲイという言葉は男性同士の同性愛者に使う言葉なのですが元来ではゲイという言葉は性別に限らず同性愛者のことを指す総称として使われていました。

よく誤解されているのが、ゲイとニューハーフが混同されていることなのです。

ゲイというのはあくまで自己意識も男性、または女性でありながらも同性のことを恋愛対象、性愛対象にみることなのです。

ニューハーフというのは、自分が元来生まれた性とは違った自己意識を持つことであって、その二つは似ているようで大きな隔たりを持っているのですね。

ゲイ、という言葉は同性愛者のことを示す言葉ではあるのですが実はこの言葉が出来上がったのはそれほど古い歴史ではなく19世紀後半に浸透した言葉だといわれていますね。

特に、英語圏に広まった言葉であるのですが元々はホモセクシュアリティーの性癖を持つ人や行動、文化に対してつかわれていた言葉だったのですが20世紀終わりごろにかえて、同性間への関係に対して関心を持っている人に対しての性趣向を示す言葉へと変わって来たのです。

世の中では、現代でもそう言った性趣向を持っているタイプの人というのは実際にいるんだという風に理解こそされて来てはいるのですが、ゲイという性趣向に対しての風あたりはまだまだ強く、ニューハーフ以上に偏見を持たれている物でもあります。

実際、不快感を持つような人というのは人種を問わずに一定数いる物ですし、国家によっては同性愛者というだけで処刑されるような文化圏もあるんですね。

こういったゲイの難しいところは、それをカミングアウトして人生を謳歌しており、自分がゲイであることを堂々と受け入れている人もいるのですが、自分がゲイであることを自覚しながらも、それに対して負い目を持っていたり、することによって精神的に追い詰められてしまうというような人もいるのです。

ゲイの問題については、周りからの偏見はもちろんなのですが自己に対する精神的重圧などによって鬱になってしまったりするようなことも多く非常に根の深い問題でもありますね。

ゲイという物が受け入れられるべき物なのか、というようなことは人権的な問題でいえばむしろ今後とも受け入れられていくべきなのでしょうが、性趣向というのはコントロールできる物ではない分、ゲイである人についてもそれを受け入れられない人についてもとても難しい問題ですね。